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青空治療院
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絶望から希望へ No.3

 うつ病の話

 20代前半の私の1度目の結婚は壮絶な環境でした。

 義母(ハハ)は重度の鬱病。自分が誰かさえも分から無い。家族に心を閉ざす最悪な状態。そして家族もそのうつ病が伝染しつつ有りました。

 

 当時私は「旦那さんと幸せになるために家族を幸せにしなくてはいけない」という使命感のもと、毎日生活していました。

 

 重度のうつ病にも関わらず病院に行かない・・・、それは義母が極度に拒絶して暴れるからでした。私はその義母を救いたいと思い、受け入れ先の病院をたくさん探しました。しかし重度すぎて受け入れ先はありませんでした。

 やっとのことで1軒だけ見つかり、義母に話すと義母は猛反対でした。「暴れれば手足を縛られ身動きが出来ない、そういう患者を見るのがとても辛い」といって受け入れてくれませんでした。

 

 それから1週間後、義母は倒れて救急病院に運ばれてしまいました。その後、連絡を取っていた例の病院にすぐ入院ができました。

 入室して義母を見ると、手足を縛られ動けない状態でベットに横たわっていました。

 そんな姿を見た家族は、悲しくて情けない気持ちになりました。その時、私の選択は間違っていたのか?と一瞬頭によぎりました。

 

 その精神病院は、町から1時間半も離れた山の中の場所でした。私は休日ごとに車で会いに行き、目を閉じたまま動かない義母の手を握り話しかけました。

 「大丈夫だからね」、「1人じゃないからね」、「私たちがいるからね」

 心にそのような言葉を浮かべ、手を握る日が続きました。

 

 私は幼い頃から折り紙が好きで、くす玉などよく作っていました。お見舞いの時それを見せると、なんと無表情だった義母が微笑み、そのくす玉を手に取りうれしそうにみつめていました。

 結婚して半年、初めて義母の微笑んだ穏やかな顔を見て、暗闇の中に一筋の光を見たような気持ちになりました。

 後で聞いた話ですが、義母のお母さんがよくくす玉を作っていたらしいのです。きっと義母は亡くなったお母さんのことを思い出していたのかもしれません。

 

 それから全てに閉ざしていた心の扉を少しずつ開けるようになりました。段々と話しかけると笑う回数も増えていきました。

 義父(ちち)は毎日仕事を終えると、1時間かけてお見舞いに行っていたようです。

 

 私は、お見舞いに行くときは、何かしらサプライズを考え、少しでも笑ってもらえるように接しました。そして少しずつ義母は自分をとり戻してきました。

 自分のことが分からない、自分でトイレができない、話すことが出来ないそんな状態からの奇跡的な回復でした。

                              つづく

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