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青空治療院
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過酷な生い立ち

課題:自分の家族からどんな言葉や印象を受け取ったか?それが後年にどのように結実したか?考察せよ。

 

 前回の講義のあと帰宅してから、罪悪感と胸がギューッと締め付けられた感じで、吐き気が止まりませんでした。

 次の日の朝も吐き気は止まらない中、押さえ込んでいた苦しい感情があふれ出てきました。それで、ずーっと自分の存在を否定していたことを思い出しました。

 

 苦しみと吐き気の原因は、前回みなさんの前で「私は生まれて良かったのか・・・」と言葉を出してしまったことではないかと思いました。

 それは私の中で絶対に言ってはいけない言葉でした。両親と兄たちを苦しめてしまう絶対に言ってはいけない言葉でした。

 

 両親や兄たちからどんな言葉や印象を受け取ったか考えてみました。

・私がもの心がつく前から、母と父は喧嘩が多かったです。

 父が怒鳴ります。ドキッとして空気が張りつめます。私が何とかしないといけないと思い、精一杯声をふりしぼって「止めなよ」と言いますが、父から「お前には関係ない、口出すな」とにらまれます。「うるさい、お前なんかいらねんだ!死ね!」とも1回ありました。

 家族なのに関係ないと言われて寂しかったです。

 母は喧嘩のあと家を出たり、しばらくご飯を食べなかったりすることがありました。

 私は、保育園や学校や、後に大人になって会社に行っている間も母が心配で不安でした。

 

・兄に事あるごとに「お前はいいよな・・・、俺はこうだった・・・」と言われ、恵まれている私が、申し訳ない感情でいっぱいでした。

 

・母は私に苦労話をします。

 「父に~こう言われた、こんなキツイ思いをしても誰も何もしてくれなかった。お母さんはこんなに大変だった、あんた達なんか甘いよ」と。

 私は、母と比べると自分の辛い事は小さい事だから我慢しないといけないのだと思っていました。そうしたら、辛いと思うことが分からなくなり漠然とした恐怖心だけが残りました。

 

・母は心身とも疲れていたと思います。

 よく私に言っていました「N子が二十歳になったら、私は出て行く」と。

 私がいることで我慢させてしまっていることに胸が痛かったです。

 

・私が二十歳になって、母は本当に出て行きました。

 兄たちに「お母さんを大切にしないからだぞ」と言われて、私はどうしてよいのか分からなくて自分の存在が本当に嫌になりました。

 

 何ヶ月かして母から手紙がありました。

 「お母さんは死ぬために家を出た・・・」と、ショックでした。今思い出しても苦しいです。

 本当に生きていてくれて心から良かったです。

 

 家を出て行くときに、2番目の兄ともめたそうです。

 その時、兄は母に「俺は要らなかったのだろ、女の子じゃなかったから」と言ったそうです。

 母はとても悲しかったと書いてありました。

 私は母を助けなかったことに悔いて落ち込みました。そして兄を思うと「何で私、女の子に生まれてしまったのだろう」と申し訳なく思いました。

 母は何年かして家にもどりました。

 

 私は小さいときから体が弱かったです、学校はよく休む方でした。

 このあとも片頭痛、肺結核、パニック障害、流産、卵巣膿腫などで忙しく、結婚してからもいろいろな事件が繰り返し起こり落ち着いていません。

 今講座を受けてみて、これらは私の潜在意識が引き寄せた結果なのだ思いました。

 

 こうして書いてみると、兄が「お前はいいよな」と話してくれたから、私はこんなに家族から大事にされていることを知りました。

 「兄たちも苦しい中にいるので言いたくなるときもあるよな」と申し訳なく思う自分がいました。

 

 父は小さいときから苦労をして1人で生き延びてきた生い立ちでした。それで「なめられたら生きていけない」と思っているところがありました。

 それでカーッとなるときの父の言葉は威圧的で敵対的でとても乱暴なものでした。その言葉は母や兄たちにも向けられました。

 でもこの言葉が父の本心だと思ってはいません。

 

 問題児の父と問題児の子供3人で、母は大変だったと頭が下がります。自分を犠牲にして家族のために頑張ってくれたのだと思います。

 母も、辛い気持ちを分かってもらいたかったし、母がこんなに頑張っているから子供たちも頑張ろうと思って欲しかったのかもしれません。家族への愛なのだなと思います。

 長男と私は母に似ているなと思いました。

 

 私はたくさんの愛情をもらったので、今度は私が愛を持って兄たちの手助けができたらと思っています。そうすれば兄たちや母が救われて自分も救われると思います。

 

 母は病気がちであまり仕事はできません、兄たちはいまだ50代になっても引きこもりをやっています。

 亡くなった父は、とても兄たちを心配していました。そんな父に私が「絶対何とかするから」と約束しました。

 

 佐藤先生に出会ってから、まったくどうしていいか分からない夢が具体的な目標に変わりました。

                   ありがとうございます    合掌

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